石灰沈着性腱板炎(せっかいちんちゃくせいけんばんえん)このページを印刷する - 石灰沈着性腱板炎(せっかいちんちゃくせいけんばんえん)


疾患に関するQ & A

・石灰沈着性腱板炎とは何ですか?
・石灰沈着性腱板炎はどれくらいの人が、かかる病気なのでしょうか?
・石灰沈着性腱板炎の原因は何ですか?
・石灰沈着性腱板炎はどんな症状がでますか?
・石灰沈着性腱板炎はどうやって診断するのですか?
・石灰沈着性腱板炎はどのように経過していくのでしょうか?
 

治療に関するQ & A

・石灰沈着性腱板炎の治療はどのようなものがありますか?
・石灰沈着性腱板炎は手術をしないでも治りますか?
・石灰沈着性腱板炎の治療をせずに放置した場合、どうなりますか?
 

手術に関するQ & A


・石灰沈着性腱板炎の手術はどのような方法でやるのですか?
・石灰沈着性腱板炎の手術をすると、どれくらい良くなりますか?
・石灰沈着性腱板炎の手術は内視鏡でできると聞いたのですが、できますか?

  石灰沈着性腱板炎の手術に関する麻酔、入院期間、リハビリ、痛み、術後の注意点、費用について:石灰沈着性腱板炎は腱板の損傷を伴う可能性があるため、これらの項目は腱板断裂とほぼ同様となります。腱板断裂手術の説明ページをご覧ください。
→腱板断裂の手術はどのような麻酔で行うのでしょうか?
 

石灰沈着性腱板炎とは何ですか?

石灰沈着性腱板炎とは、肩のインナーマッスルが骨につくところ(腱板)に、石灰(カルシウムの結晶)がたまる、原因不明の疾患です。石灰性腱炎、石灰沈着性腱炎、石灰沈着性肩関節周囲炎などと呼ばれることもあります。痛みや肩の機能障害の原因となりますが、多くは自然に軽快する疾患です。

肩の関節は、上腕骨と肩甲骨からなり、上腕骨と肩甲骨をつなぐインナーマッスルによって支えられています。

インナーマッスルが上腕骨に付着する部分が、腱板です。石灰は腱板の内部や表面に沈着し、時に腱板の外に漏れ出ることで症状を引き起こすと考えられています。

石灰の成分であるカルシウムの結晶はハイドロキシアパタイトと呼ばれ、人の骨を構成する成分と似た物質でできています。
 

石灰沈着性腱板炎はどれくらいの人が、かかる病気なのでしょうか?

石灰沈着性腱板炎はありふれた疾患で、肩が痛い人のうち7-17%程度は石灰沈着性腱板炎が原因であると報告されています。石灰があっても痛みがあるとは限らず、約50%の方は症状がないため、肩が痛くない人を調査した場合も3-10%の方で石灰が認められます。
JAMA. 1941; 116:2477
J Am Acad Orthop Surg. 1997; 5(4): 183.
Z Orthop Ihre Grenzgeb. 1989; 127(6): 643.


40-60歳代の女性で発症することが多く、1型糖尿病(インスリンを出すことができないことが原因の糖尿病)、甲状腺機能障害、エストロゲン代謝異常、腎結石症など内分泌疾患との関連が報告されています。
J Shoulder Elbow Surg. 2007; 16(2): 169.
Ann Reum Dis. 1989; 48(3): 211.
Rev Bras Ortop. 2012; 47(4): 479.

肉体労働や運動との関連は指摘されておらず、使いすぎが直接の原因になるわけではないと考えられています。
 

石灰沈着性腱板炎の原因は何ですか?

石灰沈着性腱板炎の原因は、不明です。使いすぎやけがが原因になることはなく、糖尿病や甲状腺機能障害など内分泌疾患との関連が指摘されているものの、石灰沈着性腱板炎の方のほとんどは、そういった原因が見当たらない方です。

両側に発生することがしばしばあることから、発症には遺伝的素因があるという説がありますが、はっきりとした裏付けは現時点でありません。
 

石灰沈着性腱板炎はどんな症状がでますか?

石灰沈着性腱板炎による肩の痛みには、急性のものと慢性のものがあります。急性の症状では激しい痛みが急に生じ、肩をわずかにでも動かすことができなくなり、夜間に痛みが強くなるため睡眠も十分にとれないことがあります。慢性の症状では肩を動かした時の痛みやひっかかりが主な症状となります。

石灰沈着性腱板炎は、急性の症状によって特徴づけられています。主に40-60歳代の女性が何のきっかけもなく急に肩が痛くなり、じっとしていてもズキズキとした痛みを感じます。夜間一睡もできず、やつれた顔で病院を受診する方も少なくありません。

分かりやすい急性の症状の一方で、石灰が沈着することで肩の痛みやひっかかりを誘発することがあります。それが慢性の症状です。

もともと肩の構造は、肩峰と上腕骨の間に腱板が位置し、狭いつくりとなっています。


腱板の内部や表面に石灰が沈着することでこのスペースがより狭くなり、衝突するようになります。これをインピンジメントといいます。「インピンジメント症候群」という言葉があるくらい肩の痛みの原因となりやすい場所で、石灰がその一因となることがあるのです。
インピンジメント症候群とは何ですか?
 

石灰沈着性腱板炎はどうやって診断するのですか?

石灰沈着性腱板炎の方の多くは、明らかなきっかけのない痛みが肩の上から外側付近に発症し、夜間に痛みが強くなり痛い側の肩を下にして寝ることができないなど特徴的な症状を経験します。このような病歴に加えて、レントゲンや超音波で石灰を観察することで着実に診断することができます。

腱板に沈着した石灰は、レントゲンや超音波で観察することができます。


レントゲンでは上腕骨の上に、沈着した石灰が白い影として写ります。石灰の質によって影の様子が異なり、慢性期(resting phase)のものでは密度の濃い、境界がはっきりした白い影が写ります。一方急性期(resorptive phase)では境界がやや不明瞭になり、一部では吸収されるため薄い影として写るようになります。

慢性期(resting phase),急性期( resorptive phase)とは
→石灰沈着性腱板炎はどのように経過していくのでしょうか?


超音波でも、石灰は白い病変として観察することができます。超音波では腱板も直接観察することができるため、その位置関係を確認することが可能です。石灰を描出したところで、超音波のプローべで肩を圧迫し、痛みが誘発されるようであれば石灰が痛みの原因であると特定することができます。

MRI検査は、手術前など石灰の位置を詳細に確認したい場合や、腱板断裂や関節唇損傷など他の疾患と鑑別するために、行われることがあります。
 

石灰沈着性腱板炎はどのように経過していくのでしょうか?

石灰沈着性腱板炎は、石灰が形成される段階→石灰が定着する段階→石灰が吸収される段階→その後、の4段階を経ると考えられています。約50%の方は最初の3ヶ月の間に、20%の方は1年以内に症状が軽快します。残り30%の方は数年にわたり痛みが持続する可能性があります。

石灰沈着性腱板炎は、次の4つの異なる段階を経て進行する疾患であると考えられています。
-formative phase: 石灰が形成される段階。腱の一部が変化し、石灰化を起こします。少しずつ石灰が大きくなることがあります。
-resting phase: 石灰が定着し、大きくも小さくもならない段階。必ずしも痛みを伴いません。
-resorptive phase: 石灰が吸収される段階です。炎症が強く起こり、免疫細胞が石灰などの沈着物を吸収します。腱の外に石灰が漏れ出ることがあり、激しい痛み(急性の症状)を起こすことがあります。
-post-calcific phase: 腱の正常な構造が再構成される段階です。

この経過は一般的なものと認識されていますが、実際には患者さん個人によって、重症度と症状の持続期間が大きく異なります。数年にわたりしつこい痛みが持続することもあれば、急性の激しい痛みが生じても10日間程度ですっかりおさまる場合もあるなど、さまざまです。
 

石灰沈着性腱板炎の治療はどのようなものがありますか?

石灰沈着性腱板炎は自然に軽快することが多く、まずは痛み止めの内服、ステロイドの注射、理学療法(リハビリ)が行われます。改善しない場合には、体外衝撃波という治療や、石灰の穿刺吸引、洗浄が行われることがあります。難治性の場合には石灰を除去し、腱板の周りの骨を削る手術が行われます。

石灰沈着性腱板炎の方約500人に、飲み薬や注射、理学療法を3ヶ月行ったところ73%の成功率だったという報告があります。
Arthritis Rheum. 2009; 60(10): 2978.
J Shoulder Elbow Surg. 2010; 19(2): 267.
3ヶ月で73%の方が改善するという数字は、一般的に高い成功率と判断されるため、まずはこのような保存的治療が選択されます。

改善しない場合には、体外衝撃波という治療が行われることがあります。圧力波を利用して衝撃を与えることで、石灰を砕き吸収を促す、血管新生を促す、神経に作用して痛みを感じにくくする、といった機序で痛みを改善させる治療法です。国内でも専門の器械を導入し、治療に用いる施設が増えてきています。石灰沈着性腱板炎に対する保存治療が失敗に終わった方に体外衝撃波を実施したところ、70%で改善したという報告があります。
J Shoulder Elbow Surg. 2002; 11(5): 476.

従来から用いられている方法が、石灰の穿刺吸引です。超音波で石灰の位置を確認し、沈着した石灰に直接針を刺します。石灰を除去できるだけでなく、同時にステロイド注射を実施することもできます。穿刺吸引の治療成功率は65-75%だったと報告されています。 J Shoulder Elbow Surg. 2010; 19(4): 596.

石灰沈着性腱板炎の患者さんの10%程度は、上記のような治療を行っても改善せずに手術が必要となります。手術では石灰を直接除去し、腱板のこすれの原因となる骨や靱帯を切除する、acromioplastyという方法が行われます。手術を行った方では大部分で石灰沈着が消失し、良好な成績が報告されています。 J Shoulder Elbow Surg. 1998; 7(3): 213.
 

石灰沈着性腱板炎は手術をしないでも治りますか?

石灰沈着性腱板炎の患者さんの90%程度の方は、飲み薬や注射、衝撃波や石灰の穿刺吸引で改善するため、手術をしないでも治るケースが多いといえます。残り10%程度の方は疼痛が遷延し、日常生活に支障をきたす場合は手術治療が選択されることになります。

石灰沈着性腱板炎は飲み薬やステロイド注射のみでも3ヶ月以内に70%の方が改善すると報告されています。実際に急性の症状で激痛を感じていても、痛み止めの内服のみで2週間程度ですっかり良くなってしまうことをしばしば経験します。
保存治療がうまくいかない方は、次のようなケースが多いとされています。
-両肩に石灰が沈着している
-石灰の量が多い(例えば、≧1500mm3など)
-石灰沈着が腱板の前方に位置している
-腱板付近に液体が多く貯留している(水がたまっている)
Arthritis Rheum. 2009; 60(10): 2978.
J Shoulder Elbow Surg. 2010; 19(2): 267.

不利な条件が揃っている場合には、早めに治療の段階を上げるという選択肢が考えられるかもしれません。
 

石灰沈着性腱板炎の治療をせずに放置した場合、どうなりますか?

石灰沈着性腱板炎は自然に軽快することも多いため、放置したからといって大きな問題になることは少ないと考えられます。ただし少数ではありますが、疼痛が長年にわたり持続することや、石灰が徐々に大きくなることで症状が悪化する可能性があると考えられます。
 

石灰沈着性腱板炎の手術はどのような方法でやるのですか?

石灰沈着性腱板炎の手術は、腱板の内部に沈着している石灰を直接除去します。関節鏡で行われることが一般的です。腱板には一部孔を開けたり、切開したりして石灰を排出するため、腱の損傷が大きくなった場合には修復処置が行われます。腱板のこすれが残ると考えられる場合には、腱板周囲の骨や靱帯を切除する処置が追加されます。

腱板に沈着する石灰は、基本的に腱板の内部に位置します。内部の石灰を排出させるためには出口を作る必要があり、腱板に孔を開けるか、切開して処置を行います。石灰には主にニュルニュルと押し出すことのできる柔らかい成分と、ガリガリと削らなければいけない硬い成分が混在しています。石灰の出口が大きくなりすぎないように処置をしますが、必要となった場合には糸をかけて修復します。

石灰沈着性腱板炎の方は、腱板のこすれ(インピンジメント症候群)が痛みの原因となることが多いため、周囲の骨や靱帯を削りこすれが起きづらくなるように処置を行います。これを、acromioplastyといいます。
 

石灰沈着性腱板炎の手術をすると、どれくらい良くなりますか?

石灰沈着性腱板炎の方48人に対して手術を行ったところ、肩の機能スコアは術前平均38%だったのが、約2年後には86%と大きく改善したという報告があります。ただし、医療行為全てにおいて治療の効果には個人差があるため、主治医と良く相談する必要があります。
J Shoulder Elbow Surg. 1998; 7(1): 30-7.

 

石灰沈着性腱板炎の手術は内視鏡でできると聞いたのですが、できますか?

石灰沈着性腱板炎の手術は、関節鏡を使用して行います。関節鏡は内視鏡の一種ですが、胃カメラや大腸カメラのようにクネクネと曲がることはできません。肩の場合は、直径4mm程度の関節鏡が使用されます。