反復性肩関節脱臼(はんぷくせいかたかんせつだっきゅう)
疾患に関するQ & A
・反復性肩関節脱臼とは何ですか?・反復性肩関節脱臼はどれくらいの人が、かかる病気なのでしょうか?
・反復性肩関節脱臼の原因は何ですか?
・反復性肩関節脱臼はどんな症状がでますか?
・反復性肩関節脱臼はどうやって診断するのですか?
治療に関するQ & A
・反復性肩関節脱臼の治療はどのようなものがありますか?・反復性肩関節脱臼は手術をしないでも治りますか?
・反復性肩関節脱臼の治療をせずに放置した場合、どうなりますか?
手術に関するQ & A
・反復性肩関節脱臼の手術はどのような方法でやるのですか?・反復性肩関節脱臼の手術をすると、どれくらい良くなりますか?
・反復性肩関節脱臼の手術は内視鏡でできると聞いたのですが、できますか?
・反復性肩関節脱臼の手術は、どのような麻酔で行うのでしょうか?
・反復性肩関節脱臼の手術をする場合、入院期間はどれくらいになりますか?
・反復性肩関節脱臼の手術をした後の、リハビリについて教えてください。
・反復性肩関節脱臼の手術をした後の、痛みについて教えてください。
・反復性肩関節脱臼の手術をした後の、注意点にはどのようなものがありますか?
・反復性肩関節脱臼の手術を受ける場合、費用はどれくらいかかりますか?
・反復性肩関節脱臼の手術は何歳まで受けることができますか?
反復性肩関節脱臼とは何ですか?
反復性肩関節脱臼とは、一度大きなけがをして肩を脱臼した方が、その後脱臼を繰り返してしまうことです。脱臼に対する恐怖感から生活に制限がかかり、スポーツ活動が不自由になります。症状が進むと腕を頭の後ろで組むだけで脱臼してしまうなど、日常生活に支障をきたすようになります。肩関節は脱臼しやすい関節です。
→肩関節脱臼とは何ですか?
一度脱臼した後に外れやすくなってしまう、いわゆる「脱臼ぐせ」のことを反復性肩関節脱臼といいます。
似たような言葉で、習慣性肩関節脱臼、動揺肩、多方向性不安定性などの用語があります。これらは主に元々肩がやわらかい(ゆるい)方が、何らかのきっかけで痛みや不安感を自覚するようになった場合につけられる病名です。
反復性肩関節脱臼はどれくらいの人が、かかる病気なのでしょうか?
10~20歳代では人口10万人あたり1年間に約45人が肩関節を脱臼し、そのうち50-90%が反復性に移行するというデータがあります。日本の10-20歳代の人口は約2500万人ですから、単純計算をすると年間6000~10000人の方が新たに反復性肩関節脱臼になっているということがわかります。J Bone Joint Surg Am. 2010; 92(3): 542.
肩関節脱臼のうち95-97%は、上腕骨が肩甲骨よりも前に外れる前方脱臼です。反復性肩関節脱臼になる方は、ほぼ全てが前方脱臼で、反復性に前方へ脱臼します。
反復性肩関節脱臼の原因は何ですか?
反復性肩関節脱臼は、初回脱臼した時に肩を支える靱帯や骨に損傷が及ぶことが原因で起こる疾患です。靱帯が損傷することをBankart(バンカート)損傷、骨が損傷することを骨性Bankart損傷、Hill-Sachs(ヒルサックス)損傷などと呼び、それぞれが反復性肩関節脱臼の原因となりえます。肩関節は関節を支える袋(関節包)や腱板と呼ばれる強い腱で支えられています。関節包や腱板は上腕骨や肩甲骨に付着しています。
関節包や腱板は肩の大きな動きを確保するためにある程度伸び縮みすることができますが、一方で肩が外れないようにするためにしっかりとした強度を持っています。(いくらでも伸びてしまうと、すぐに脱臼してしまいますよね)
肩が脱臼すると、下の図のように上腕骨は大きくずれ、肩甲骨の前面まで移動します。
関節包はこの移動量にはとても耐えることができないため、関節包は損傷されます。多くの場合、関節包と骨の継ぎ目で損傷がおきます。このことをBankart損傷と呼びます。
骨性Bankart損傷やHill-Sachs損傷は骨の異常であるため、レントゲンで確認することができます。
→反復性肩関節脱臼はどうやって診断するのですか?
反復性肩関節脱臼はどんな症状がでますか?
反復性肩関節脱臼は、脱臼を繰り返すことが主な症状です。脱臼回数を重ねるごとに脱臼しやすくなり、症状が進むと着替えや手を頭の後ろで組む、くしゃみをするだけで脱臼するなど、日常生活に支障を来すようになります。脱臼しなくても腕を上げた時や後ろに引いた時に不安感を感じるようになります。肩を脱臼すると、強い痛みを感じわずかに動かすことも難しくなります。患者さんの多くは肘のあたりを支えてうずくまったような状態で来院します。上腕骨のふくらみが前方に移動するため、肩の外側にある骨のでっぱりが目立つようになります。
肩関節の前方には神経や血管が通っています。脱臼を繰り返し神経を障害すると、肩の感覚が鈍くなる、力が入りづらくなるなど重い症状を起こすことがあるため、注意が必要です。血管を強く損傷することは稀ですが、多量出血の原因となるため、単なる「脱臼ぐせ」と甘く見ない方がよいでしょう。
反復性肩関節脱臼はどうやって診断するのですか?
初回脱臼の後に、脱臼を繰り返している状態を確認できれば、反復性肩関節脱臼と診断されます。外転、外旋位(手を挙げた姿勢、腕を横に挙げて手のひらを前にむけた状態)で脱臼感を自覚し、レントゲンやCT,MRI検査では骨の欠損や靱帯の損傷が見られることがあります。反復性肩関節脱臼の診断には、これまでの経緯を良く確認することが重要です。初めて脱臼したのはいつだったか、どのようなけがだったか、病院に受診して脱臼と確認されたのかどうか、などです。典型的には、初回は転倒やスポーツでの接触プレーなど大きな力がかかって脱臼したものの、その後回数を重ねるに従って簡単に脱臼するようになってしまった、という経緯をたどります。
典型的な経緯に加えて、次のように肩甲骨(受け皿)の骨欠損(骨性Bankart損傷)や、上腕骨の変形(Hill-Sachs損傷)を認める場合、反復性脱臼と確定診断されます。
上腕骨(ボール)が肩甲骨(受け皿)から外れ落ちてしまう時に、受け皿の縁が骨折してしまうのが骨性Bankart損傷、ボールの一部が削れたり圧迫されて変形したりするのがHill-Sachs損傷です。一度変形が起こると、そこが通り道となり脱臼しやすくなるため、反復性脱臼の原因となります。
これまでの経緯や画像所見をはっきり確認できない場合は注意が必要です。「脱臼した」と患者さんが自覚していても、実際には別の原因で痛みがでていることがあります。脱臼したがその場にいた人に腕を引っ張って治してもらった、といって来院する方が時々いらっしゃいますが、後から別の原因が分かるケースも少なくありません。脱臼を繰り返しているかどうかは、脱臼したと感じた時にレントゲンなど画像検査を行うことが最も確実な確認方法です。
また、随意性脱臼といって、自分の意思で肩を脱臼させたり元に戻したりすることができる方がいます。これは肩が柔らかいという特徴であり、特に困っていない場合が多く、反復性脱臼とは異なる状態です。
反復性肩関節脱臼の治療はどのようなものがありますか?
反復性肩関節脱臼の状態になってしまい日常生活やスポーツ活動に支障を来す場合、それ以降の脱臼を防ぐためには、脱臼の原因となっている靱帯の損傷を修復する方法、骨の移植や移行を行い脱臼を防ぐ方法など、手術による治療が必要です。初回の脱臼で骨折を伴わない場合、整復した後に3週間程度の固定期間をおくことで、反復性肩関節脱臼に移行するのを防止できることがあります。しかし2回目以降の脱臼を起こしてしまった場合、その後の脱臼を防ぐのは難しく、反復性脱臼に移行することになります。
反復性肩関節脱臼は手術をしないでも治りますか?
反復性肩関節脱臼は、装具固定やリハビリテーションなどの保存治療では、その後の脱臼を防ぐのは難しいと考えられています。一度損傷した靱帯や、骨の欠損は自然に治ることは期待できず、手術以外の方法で治すことは難しい、と言わざるをえません。反復性肩関節脱臼の治療をせずに放置した場合、どうなりますか?
反復性肩関節脱臼の治療をしない場合、脱臼を繰り返すことになります。脱臼の回数が多くなるほど骨の損傷が大きくなることが考えられ、より容易に脱臼します。脱臼を繰り返すほどに神経損傷や血管損傷のリスクが高まり、また肩の軟骨が痛むことで変形性肩関節症に進展する可能性があります。肩関節の脱臼は強い痛みを伴い、日常生活に及ぼす影響は小さくありません。近年では手術治療の精度が高まっており、良好な手術成績が報告されています。放置せずに治療を受けることを、お勧めします。
反復性肩関節脱臼の手術はどのような方法でやるのですか?
反復性肩関節脱臼の手術は、肩を支える靱帯の損傷(Bankart損傷)を修復する方法、肩の袋(関節包)を縫い縮める方法、肩甲骨(受け皿)の前に烏口突起(うこうとっき)や腸骨を移植する方法など、様々な方法があります。どの方法により治療するかは、患者さんそれぞれの年齢や実施しているスポーツの種類、体全体の柔軟性や施設の方針によって決まります。ここでは、一般的に広く実施されているBankart修復術と、烏口突起移行術について紹介します。
Bankart損傷は、肩が前方に外れないように支える靱帯(前下方関節包靱帯といいます)が、骨に付着する部分(関節唇といいます)で剥がれてしまう損傷です。Bankart修復術は、剥がれてしまった部分を元の場所、あるいは元の場所よりも内側に縫い付けることで靱帯の機能を取り戻す方法です。
日本全国で年間2000件を超えるBankart修復術(関節唇形成術ともいいます)が行われ、そのうち9割以上が関節鏡を使用して行われています。
肩学会2017アンケート
Bankart修復術は多くの場合有効な治療となりますが、術後に再び脱臼してしまうケースが存在します。次に挙げる項目にあてはまる数が多くなるほど、そのリスクが高くなります。
-20歳以下の若い年齢
-男性
-元々肩が柔らかい、肩以外の関節も柔らかい
-実施しているスポーツのレベルが高い
-実施しているスポーツがラグビーやアメフト、柔道など激しい種目である
-骨欠損など骨の異常を伴っている
リスクが高いと判断される場合に、烏口突起移行術が行われます。
烏口突起移行術は、Bankart修復を行った上で、肩関節の前にある烏口突起という骨を肩関節の前方に移動してスクリューで固定する方法です。
烏口突起の先端には、腕の方へつく筋肉(上腕二頭筋腱短頭、鳥口腕筋といいます)が付着しています。烏口突起を肩関節の前方に移動することで、腕を上げた時にこの筋肉が肩の前方に位置するようになるので、肩が前に外れないように制動してくれることになります。
また、骨が肩甲骨(受け皿)の前方に位置することで、単純に受け皿の横幅が広がることになり、合わせて脱臼防止の効果が期待できる方法です。Bristow(ブリストウ)法や、Latarjet(ラタジェ)法と呼ばれるこの術式は、直視下(皮膚を切開して行う手術)、または関節鏡を使用して行われています。
反復性肩関節脱臼の手術をすると、どれくらい良くなりますか?
反復性肩関節脱臼の手術を受けることで、肩は制動され脱臼しづらくなります。アメリカの研究では、Bankart修復、または烏口突起移行術を行った患者さんを5年間追跡調査したところ、再び脱臼したのはBankart修復で10%、烏口突起移行術では0%だったとの報告があります。Am J Sports Med. 2016 Dec; 44(12): 3198-3205他の報告でも長期的にみると烏口突起移行術は再脱臼の予防には非常に効果的で、再脱臼率は概ね0~5%程度となっています。ただし、肩の可動域はBankart修復術後の方が良いという報告もあり、それぞれメリットとデメリットがあることが分かります。
患者さんの生活スタイルや実施しているスポーツの内容、画像検査の結果や施設の方針などから術式が選択されることになります。全ての医療行為に「絶対」はなく、手術の治療効果には一定の個人差がありますので、主治医の説明をよく聞いて納得して治療を受けることが重要です。
反復性肩関節脱臼の手術は内視鏡でできると聞いたのですが、できますか?
反復性脱臼に対する手術のうち、Bankart修復術(関節唇形成術)は全体の9割以上が内視鏡(関節鏡)で行われています。烏口突起移行術(Bristow法、Latarjet法)や、腸骨移植術は施設により関節鏡、または直視下(皮膚を切開して手術を行う)で行われています。関節鏡で行う手術は皮膚切開が少なく、筋肉のダメージが少ない方法です。また患部をカメラによって拡大した状態で観察することができるため、小さな病変なども見逃さずに処置をすることができます。
一方で、小さな傷から入れた鉗子類などは動きが制限されることとなり、行うことのできる処置には一定の限界があることは否めません。また、手術を行う医師の熟練度が大きく影響する手術手技といえるでしょう。
反復性肩関節脱臼の手術は、どのような麻酔で行うのでしょうか?
反復性肩関節脱臼の手術は全身麻酔のみ、神経ブロックのみ、全身麻酔+神経ブロックのいずれかで行われることが一般的です。烏口突起移行術など骨の処置を伴う場合は全身麻酔が必要になるケースが多いと考えられます。神経ブロックについては下のページをご覧ください。
→腱板断裂の手術は、どのような麻酔で行うのでしょうか?
反復性肩関節脱臼の手術をする場合、入院期間はどれぐらいになりますか?
反復性肩関節脱臼の手術は、肩の処置であるため早い段階で歩行可能となります。若い年齢で受けることの多い手術でもあり、手術当日、または翌日には歩行可能、食事摂取可能となるため早ければ手術翌日には退院することが可能です。腸骨採取などを行った場合には、痛みを見ながら入院期間を検討することになります。反復性肩関節脱臼の手術をした後の、リハビリについて教えてください。
反復性肩関節脱臼の手術後は、処置した部位の安静を保つため、装具を装着します。その後時期をみながら徐々に可動域訓練を開始、筋力トレーニングを取り入れていきます。スポーツをしている方では最終的に競技復帰を目指しますが、その時期はBankart修復術で6-12ヶ月、烏口突起移行術では4-10ヶ月程度が目安となっています。反復性肩関節脱臼の手術では、靱帯の縫合や骨の固定を伴うため、処置した部位が落ち着く前に動かしすぎてしまうと、トラブルの原因となります。まずは装具を装着し、患部の安静を図ります。
順調にいけば靱帯では6ヶ月程度、骨では4ヶ月程度すると定着し十分な強度が得られますが、その間ずっと安静にすると筋力が低下し、肩が硬くなってしまいます。段階を踏みながら少しずつリハビリを行っていきます。手術を行う病院では各施設で術後のリハビリプログラムが定められていることが多く、それに沿って進めていきます。
例として、当院のリハビリプログラムの大枠を掲載します。
反復性肩関節脱臼の手術をした後の、痛みについて教えてください。
反復性肩関節脱臼の手術は、関節鏡を使用した傷の小さい方法であっても、内部では複雑な処置を行うため術後に痛みを感じます。そのため、痛みを抑えるための神経ブロックや点滴、飲み薬などで痛み止めを使用します。手術自体の痛みは数日で軽くなってきますが、リハビリを進めていく段階で痛みがでるのは必ずしも異常ではありません。術後に必要な安静期間をとると、どうしても肩が硬くなるためリハビリで徐々に可動域を広げていきます。
反復性肩関節脱臼の手術を受ける場合、費用はどれくらいかかりますか?
反復性肩関節脱臼の手術を受けて、2泊3日入院した時の費用は大体50-70万円程度です。(状況により異なるので、大まかな目安ととらえてください)高額な医療費になるので、「高額療養費制度」を利用することができます。詳しくは次のページをご覧ください。
→腱板断裂の手術を受ける場合、費用はどれくらいかかりますか?
反復性肩関節脱臼の手術は何歳まで受けることができますか?
反復性肩関節脱臼の手術は、体にかかる負担はそれほど大きいものではないため、年齢の制限はないものと考えて良いでしょう。ただし反復性脱臼になるのは10-20歳代が中心であるため、手術が必要になるのは30歳代までが大多数と考えられます。例外として、高齢の方で肩関節が脱臼した時に腱板断裂を同時に受傷し、その後脱臼しやすくなってしまうことがあります。その場合はここで紹介した反復性脱臼の手術とは異なる術式(腱板断裂手術やリバース型人工肩関節手術)の実施が検討されることになります。
→腱板断裂の手術はどのような方法でやるのですか?