肩鎖関節脱臼(けんさかんせつだっきゅう)
疾患に関するQ & A
・肩鎖関節脱臼とは何ですか?・肩鎖関節脱臼はどれくらいの人が、かかる病気なのでしょうか?
・肩鎖関節脱臼の原因は何ですか?
・肩鎖関節脱臼はどんな症状がでますか?
・肩鎖関節脱臼はどうやって診断するのですか?
治療、手術に関するQ & A
・肩鎖関節脱臼の治療はどのようなものがありますか?・肩鎖関節脱臼は手術をしないでも治りますか?
・肩鎖関節脱臼の手術はどのような方法でやるのですか?
肩鎖関節脱臼の手術に関する麻酔、入院期間、リハビリ、痛み、費用について
肩関節の代表的な手術である腱板断裂手術の説明ページをご覧ください。
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肩鎖関節脱臼とは何ですか?
肩鎖関節とは、鎖骨と肩峰という細い骨同士からなる小さな関節です。肩をぶつけるなどのけがで靱帯を損傷し、病状が重くなると骨がずれてしまうことを肩鎖関節脱臼といいます。骨同士は平らに近い面で向き合っているため、英語では脱臼というよりも、損傷、離開という意味の言葉(injury, separation)が使用されています。一般的に肩の脱臼というと、上腕骨と肩甲骨からなる肩関節の脱臼を意味します。肩鎖関節は肩関節の前上方に位置し、体の表面から容易に触れることができます。
鎖骨は肩鎖関節を支える肩鎖靱帯と、烏口突起と鎖骨をつなぐ烏口鎖骨靱帯の働きにより、肩甲骨と強く連結しています。肩鎖関節脱臼は、これらの靱帯を損傷することで肩甲骨と鎖骨の連結が弱くなり、病状によって大きくずれてしまうけがのことを指します。
肩鎖関節脱臼はどれくらいの人が、かかる病気なのでしょうか?
肩鎖関節は肩周辺のけがのうち9-12%を占めるというデータがあるように、体表に近く小さな関節であるため、損傷されやすい場所です。肩鎖関節脱臼全体の2/3は経過を見るのみで治る軽症ですが、全体の1/3では手術が必要になる可能性がある重症と判定されます。肩鎖関節脱臼はその重症度により最も軽症であるtype1から重症のtype6まで分類されます。type1,2では靱帯は全体、あるいは部分的に残っているため、関節が大きくずれることはありません。
一方type3では鎖骨と肩甲骨をつなぐ靱帯が全て断裂してしまい、関節が大きくずれてしまいます。
このtype3に加えて特殊な変形を伴うtype4,6、筋肉の損傷によりさらに大きくずれるtype5は手術が必要となる可能性があり、重症と判定されます。
肩鎖関節脱臼の原因は何ですか?
肩鎖関節脱臼は、転倒などにより肩の外側や上面へ直接的に力がかかることで受傷します。脇をしめた状態で肩を強く打撲すると、鎖骨に対して肩峰や肩甲骨を下に移動させる力がかかり、靱帯が損傷することで肩鎖関節がずれる原因となります。肩鎖関節脱臼は、大多数は20代の男性に発生し、多くの場合激しいスポーツ(ラグビー、柔道、アメリカンフットボール、スノーボードなど)で受傷します。
この図のように脇をしめた状態で転倒し、肩の外側を打撲するというのが典型的なけがの状況です。まれですが、肘を打撲した時や、伸ばした腕を下についた時に突き上げの力が強くかかり、間接的な力で受傷することもあります。
肩鎖関節脱臼はどんな症状がでますか?
肩鎖関節脱臼は、ずれの少ない軽症である場合見た目の変化は少なく、肩鎖関節を押したり肩を動かした時に、肩鎖関節に一致した痛みを感じます。ずれが大きくなると、鎖骨の出っ張りが明らかとなり、損傷が大きくなるため周囲が腫れます。肩鎖関節脱臼は軽症である場合、ただの打撲と見分けがつきづらいことがあります。しかし靱帯の損傷があるため数日で治癒する打撲とは異なり、適切な治療を行っても1ヶ月程度痛みが続くことが少なくありません。
関節のずれが大きくなると、外見でも明らかな変形を観察することができるようになります。出っ張った鎖骨を下に押すとピアノのキーのようにすぐに元に戻ってしまいます。タイプ4,5,6の重症になるとかなり強い力が肩周辺にかかっていると思われ、神経血管の症状や胸部症状の出現に注意が必要です。
肩鎖関節脱臼はどうやって診断するのですか?
肩鎖関節脱臼は、多くの場合けがなどの明らかなきっかけがあり、肩鎖関節の変形や痛みがあることから、すぐに診断がつきます。レントゲン検査により鎖骨の骨折と区別することが可能で、ずれの程度から重症度を判定することができます。もともと肩鎖関節が両側とも少しずれている(鎖骨が少し上にでている)方が、時々いらっしゃいます。この場合はけがによる変化ではなく、靱帯は正常に保たれており、個人の特徴という事になります。そのため変形が大きくない場合には、両側のレントゲンを比較する必要があります。
靱帯の状態や周囲の骨の評価のために、CT検査やMRI検査を行うことがあります。
肩鎖関節脱臼の治療はどのようなものがありますか?
軽症の肩鎖関節脱臼に対しては、保存的治療が行われます。受傷後早期はスリングで固定し、アイシングや安静を行います。徐々にリハビリテーションを行い機能回復を図ります。重症の場合は関節を元の位置に戻し、靱帯を再建する手術の実施が検討されます。type1,type2の肩鎖関節脱臼に対しては、保存的治療が選択されます。痛みが強いうちはスリングで固定し、落ち着いてくれば関節の可動域訓練を実施します。通常type1では3日から2週間程度、type2では2-4週間程度で日常生活の動きは問題なくできるようになります。腕を上にあげるスポーツ(野球やテニスなど)に復帰するには、1-2ヶ月程度を必要とします。
type3では患者さんとの相談や担当医の考えにより、保存的治療か手術を行うかが決定されます。保存的治療では鎖骨の出っ張りが残ってしまうものの、機能の回復は概ね良好であることが報告されています。手術では傷跡が残りますが、鎖骨の出っ張りを改善させることができます。内視鏡を使用した専門性の高い手術方法が報告される一方で、保存的治療を優先するべきであるという考えもあり、議論が分かれています。
type4,5,6では靱帯の強い損傷があり、肩鎖関節が著しく不安定になっていると考えられることから、多くの場合手術が行われます。手術は関節を元の位置に戻す処置に加えて、周囲の筋肉・筋膜の修復、靱帯の再建が行われます。
肩鎖関節脱臼は手術をしないでも治りますか?
肩鎖関節脱臼type1,2は手術をせずに治癒することが可能です。type3では手術をせずとも痛みはなくなり機能もほぼ問題ないことが多いのですが、鎖骨の出っ張りは残存します。type4,5,6では放置すると将来的な痛みや変形の原因になる可能性が高くなります。肩鎖関節脱臼に対する治療方法の選択は、原則としてtype1,2は手術は不要、type4-6は手術が必要、type3は議論が分かれる、という状況です。type3の患者さん1172人を対象とした研究では、手術をした群でも、手術をしなかった群でも同様に良好な治療成績が報告されており、それぞれ88%,87%が満足のいく結果だったとされています。 Clin Orthop Relat Res. 1998 Aug; (353): 10-7.
保存的治療でも機能的にほぼ問題なく、手術を行った群では合併症の発生があることから、保存的治療を優先するべきだという意見があります。
一方で、手術の術式を工夫することでより良い治療成績を目指す動きもあり、近年では内視鏡や人工靱帯を利用した手術術式が数多く報告されています。
肩鎖関節脱臼の手術はどのような方法でやるのですか?
肩鎖関節脱臼の手術は、関節のずれを元に戻し、骨同士の一時的な固定や、靱帯を再建することで関節の整復を保持しようとする術式が行われます。近年では内視鏡や人工靱帯を使用した術式が広く行われるようになってきています。肩鎖関節脱臼の手術は古くから様々な術式がありますが、基本的には靱帯を修復、または再建し、骨をワイヤーやスクリューなどで一時的に固定するという方法が行われてきました。しかし手術の傷が大きくなりがちなことや、修復するべき靱帯の組織がもろくしっかりと修復できないこと、再建するには体の別の場所にある靱帯をもってくるためそこを犠牲にせざるをえないこと、ワイヤーやスクリューのトラブルなどの問題点がありました。
近年では内視鏡を使用することで傷を小さくし、トラブルを減らそうとする術式が行われるようになっています。また、人工の靱帯を使用することで、体にかかる負担を減らすという目的もあります。
新しい術式は有利な面があるものの、現時点で従来の術式と比較して明らかに優れた結果がでているわけではありません。予想だにしないトラブルが発生することもあります。術式選択は、担当医の判断ということになります。